イベント EVENT

『奥山順市 未現ゾーン』フィルムヲ見ル会16mm8mm映画探訪vol.3

詳細 DETAIL

映画をサーチ&デストロイし続けた、アナーキーでファンシーな実験映画作家!!

1970年前後から、一貫して映画の構造やフィルムという物に対してフェティッシュな作品を作り続けてきた奥山順市。
『フィルムを触っていれば幸せなのだ』と語り、同時にサーヴィス精神を忘れない。
時にミニマリスティック、時にスペクタクル、突如始まるオリジナル歌謡曲、必要とあらば自身のダンスをもってして映画の構造を表現する。
拡張して行った先に奥山順市が見た「映画」とは、一体どんなかたちをしているのか?

○アフタートーク

奥山順市金子遊(映像作家/批評家)


○ライブ・パフォーマンス

『わっか・being painted』(35mm-16mm-W8/約10分/1970-2014)*今回は初のW8版

『映画のフレームラインと送り穴』(16mm-W8とビデオ/約10分/2012-2014)


○上映

(※上映素材は全てDVD)

『le cinema・映画』(16ミリ/5分/1975)

『frameless35』(35ミリ/3分/1968)

『frameless16』(16ミリ/3分/1971)

『ストップモーション』(16ミリ/10分/1995)

『OUTRAGE 手ごめ』(16ミリ/3分/1970)

『MOVIE WATCHING』(16ミリ/12分/1982)

『映画する人』(16ミリ/10分/1986〜1987)

『浸透画』(16ミリ/9分/1994)

『まぜるな』(16ミリ/5分/2008)

<奥山順市 略歴>

1947年東京生まれ。69年玉川大学芸術学科卒業。71年「発声活動大写真」東京・安田生命ホール。「1971 SCREEN SCREEN 」東京・天井棧敷館。72年「フィルム・イヴェント」東京・天井棧敷館。74年「ナイトショウ」東京・天井棧敷館。75年「奥山順市特集」東京・天井棧敷館。77年「スウイングムービーの世界」東京・イメージフォーラム。79年「不思議な回転映像の世界」東京・イメージフォーラム。82年「実験映画─銀幕はぼくの「動く画布」」東京・PLAN B。83年「もうひとつの映画の原点」東京・イメージフォーラム。84年「奥山順市・映画の実験」国学院大学視聴覚教室。85年<第5回実験映画祭>で「シネパフォーマンス」東京・スタジオ200。92年「映画でみる映画」北海道立近代美術館。92年<イメージフォーラム・フェスティバル1992>で「奥山順市回顧展」東京・渋谷西武シードホール。94年「奥山順市の部屋─クロスプロジェクション」埼玉県立近代美術館。98年<アートアニメーション・フェスティバル 1998>で「奥山順市特集」東京・パルテノン多摩 市民ギャラリー。98 年「奥山順市展」東京都写真美術館。99年<実験映画フランス巡回上映>で「奥山順市特集」パリL’Entrepot 83、グルノーブル、リヨン他。99年<調布映画祭>で「奥山順市特集」文化会館たづくり。など各地で、特集及び、個展開催。この他、67年から現在まで、<オーバーハウゼン国際短編映画祭>、<シカゴ国際映画祭>、<メルボルン国際映画祭>、<クラコフ国際映画祭>、<香港国際映画祭>、<草月フィルム・アート・フェスティバル>、<100フィート・フィルム・フェスティバル>、<実験映画祭>、<イメージ・フォーラム・フェスティバル>、<日本実験映画全米巡回上映>、<日本実験映画の歴史展>、<日本のアブストラクト・シネマ>、<動く絵展>、<戦後日本の前衛美術>、など様々な映画祭や、グループ上映に参加。71年<シカゴ国際映画祭>で「No perforations」が{シルバー・ヒューゴー賞}を受賞。94年<シカゴ国際映画祭>で「浸透画」が{奨励賞}を受賞。代表作はアメリカ、日本各地の美術館、大学等に収蔵されている。97年<イメージフォーラム・フェスティバル 1997>の審査員をオーストリアのペーター・クーベルカ(映像作家)、中島崇(映像作家)と共に務める。2012年3月までイメージフォーラム付属映像研究所専任講師。

<金子遊 略歴>
映像作家・批評家。編著に『フィルムメーカーズ 個人映画のつくり方』(アーツアンドクラフツ)、共著に『アジア映画で<世界>を見る』(作品社)など。